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韓ドラ「ベートーベン・ウィルス」のカン・マエ×ルミの二次小説ブログです。管理人:寅三吉。

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寅三吉。

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歓喜の歌 2

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カン・マエ自身、自分が子供をもつという事に大きな不安がある。
彼は「温かい家庭」というものを知らない。
物心ついたころには酒に酔った父親に暴力を振るわれていた。


 もし、自分が父親にされてきたように、自分の子供に暴力を振るってしまったら――


親に虐待を受けた人間は、同じように自分の子供を虐待することが多いという。
己の中に潜んでいるかも知れない「モンスター」に、彼は恐れているのだ。

不安に思う要因は他にもある。
あの日、彼よりも12歳年上の女性に云われた言葉が脳裏を過ぎる。


『先生のような方は子供を育てるべきではないと私は思います。
 子供は親を見て育つんですよ』


あの無情とも取れる言葉を突き付けられた時、彼は思いがけないほどショックを受けていた。
何故あれほどショックだったのか分からない……彼は自分でも「己は子供を持つべきではない」と常日頃から思っていたのに。
恐らく自分で認識していたことを第三者に云われ、決定打を与えられたような衝撃を受けたのだ、と今になって思う。

(そう思っていたのに…何故あの夜、避妊をしなかったのだ?
 それは彼女との間に子供が出来てもいい、と思ったからではないのか?)

幾度となく彼女と夜を共にしている彼が避妊をしなかったのは今までたったの2回…一度目は同棲を始めて間もない頃、ルミに対して激しい独占欲を覚えた夜、二度目は1か月ほど前に「先生になら、どんなことされても構いません」と云われた夜。
だが2回ともその後は躊躇してしまい、結局そうならないように避けたのだ。


 こんな男が父親になる資格が果たしてあるのか?
 自分は、背中を見せれるような立派な人間なのだろうか…


窓外には夏の太陽で青々と茂った木々の葉から木漏れ日が差していたが、彼の気分は爽やかな空気とは真逆のものになっていた。

そんな彼の気持ちとは裏腹に、妻は新しい命を授かったという嬉しさで今まで以上に輝いている。

「先生、私ね、子供がある程度大きくなるまでしっかりと愛情をあげて育てたいんです。
 だから編作曲の仕事はセーブするか、お休みしようと思ってるんですけど…それでもいい?
 先生におんぶに抱っこになるのはなんだか気が引けるんだけど…」

まだ大きくなっていないお腹を撫でながらそう云う彼女を見ると申し訳なさで胸が痛んだ。
だからカン・マエは彼女の前では絶対に思い悩む姿を見せなかった。


そしてルミの妊娠が判明して1か月半ほど経ったある日。

カン・マエはそれまで自分が抱いていた気持ちが、何とも愚かで下らないものであったのか思い知ることになるのだ。



歓喜の歌 2





9月下旬、ミュンヘン市街地近くにあるガスタイク。

午前の練習が終わりカン・マエは執務室に入ると、机の上に置いてある携帯がチカチカと点滅していた。
メールだろうと思い手に取ってみると着信で、表示されている電話番号はアドレス登録のない知らないものだったので思わず眉を顰める。
暫く考えたのち折り返し電話を掛けた。

数秒、呼び出し音が鳴り――

『はい、カルクブレンナーです』

電話の相手は女性の声でドイツ語だが、カン・マエは母国語で

「君か…電話をもらったようだが?」

と応えると

『カン・ゴヌ君?』

向こうも韓国語で応えてきた。

「ああ、そうだ」

『落ち着いて聞いてね。
 トゥ・ルミさん…あなたの奥さん、流産してしまったの』

「…なに…?」

『今朝、9時すぎくらいだったかしら…ルミさんからお腹に痛みがあるのと出血があったと電話があって、すぐに病院に来てもらったの。
 そしたら……』

「………」

『ルミさんの方の体調は大丈夫そうよ。
 1日入院してもらってもいいけど、ルミさんが家に帰りたいって云ってるものだから、あなたが迎えに来てあげて?』

「………」

『カン君、聴こえてる?』

「ああ……だが…。
 まだ、その、午後の仕事があるのだが…」

カン・マエは狼狽しているようで、その雰囲気は電話越しの相手に伝わってきた。

『仕事なんてどうにでもなるでしょう?』

「いや、だがしかし……」

『……いーから早く来なさい!!
 奥さんの一大事でしょーが!!!』

相手はそう大声で捲し立てると一方的に電話を、受話器を叩きつけて切ったようだ。




婦人科医であるジス・カルクブレンナーは数時間前に急患として診察をした患者が居る部屋に向かっていた。

彼女は高校1年の時に親の仕事の都合で母国を離れドイツにやってきた。
元々成績優秀で頭脳明晰であった彼女はドイツの地元高校に通い、あっという間にドイツ語をマスターするとそのまま地元の大学に…しかも難関である医学部に入学し、医者になった。
ジスの両親はとうの昔に母国に戻っているのだが、彼女はそのままドイツに残って結婚、40歳まで総合病院に勤務し、数年前に念願だった個人病院をミュンヘン郊外に開院した。
病院は当初なかなか患者数が増えず軌道に乗るかどうか不安だったのだが、東洋人独特の細やかさやどんな急患にも丁寧に対応する真摯さ、何より彼女の明るい人柄に一度診察を受けた者たちは惹かれ…そうなるとお喋り好きな女性たちの間であっという間にその話が広がり、今ではこの町一番の婦人科医だと評判である。
患者も地元の人は勿論のこと、在独する邦人も多く訪れる。
何なら遠くベルリンやケルンから受診に訪れる邦人も居るほどだ。

彼女が今向かっている病室には邦人女性がいる。

部屋の前に到着すると彼女は立ち止まり一呼吸した。



患者の夫はジスの中学時代の同級生だ。

今から1か月半ほど前の8月のある日、診察時間の時に書類を取りに別の部屋に行こうと診察室を出て待合室を通ろうとしたところ、女性が好みそうな温かみのあるインテリアになっている待合室には不釣り合いな、パリッとしたスーツ姿の男性が座っているのが見えた。
しかも自分と同じ東洋人だったので歩きながら暫く凝視し、彼の前を通り過ぎて数メートル行ったところでその男性に見覚えがあることに気付いた。
すぐに踵を返して男性の前に歩み寄り…

「カン・ゴヌ君じゃない?」

ハングルで自分の名前を呼ばれた男性は顔を上げる。

「あなた、カン・ゴヌ君よね?」

カン・マエは怪訝な顔をし、

「…そうですが、貴女は?
 ここの医師ですよね?」

よく響く低い声でゆっくりと云った。

「私のこと、覚えてない?
 中学の同級生だった…。
 1年と2年の時に同じクラスだったじゃない」

暫くジスの顔をじっと見つめてると、

「――あぁ」

と数回小さく頷きながら呟いた。

ジスはカン・マエのことをよく覚えている。
何故なら中学の時の3年間、彼女と学年テストの順位を毎回争っていた相手だからだ。
ジスが学年で1位を取れば、その次のテストではカン・マエが1位を取るので、彼女はまた必死に勉強し次に1位を奪還していた。
抜きつ抜かれつの関係でライバル視していた。
尤もカン・マエの方は順位を大して気にする風ではなかったようなので、ライバルだと意識していたのはジスだけだったのかも知れないが…。

「こっちでミュンヘン・フィルの指揮者をしてるってことは、中学の友達からのメールで知ってたけど…本当にあなただったのね」

「君は何故ここに?
 いや、まさかここの韓国人の医師とは君のことだったのか?」

「ええ、私はここの院長です。
 高校の時、親の仕事の都合でこっちに来てね。
 結婚相手もドイツ人だったし親はとっくに韓国に帰ったけど、私はそのまま居付いちゃったわ。
 …ところで何してるの?ここは婦人科だけど…」

「私が診察を受けるわけが無いだろう。
 妻が妊娠したんだ」

「妻?!
 …あんた、結婚したの?ってか出来たの!?」

瞠目して驚いた表情でジスが云うと、カン・マエは途端ムッとした顔になり…

「…君は相変わらず失敬な女だな……。
 お互い様だろう、君が結婚できたとは私の方こそ驚きだ」

凄みのある三白眼で睨まれ、左口角を上げながらそう云われた。

「………」

「………」

(そうだった、カン・ゴヌってこういういけ好かないヤツだったわ…)

二人とも優秀だったので一緒にクラス委員をやったことが何度かあり、何か話し合いをする度に言い争いになっていたことも思い出してしまった。

「―兎に角、あなたの奥さまが受診されるのね?
 今はどちらに?」

「あそこで何か説明を受けてるよ」

軽く顎をしゃくった方に顔をやると、栗色の髪の毛を肩甲骨の下あたりまで伸ばした女性の後ろ姿が見えた。
看護師に診察の流れの説明を受けているようだ。


あんな偏屈な男と結婚する女性はどんな人なんだろう…とジスは興味津々だった。
カルテを見てみると自分たちより15歳も年若いので驚いた。
同い年でも手に余るような男なのに、そんなに年下ならばさぞかし大変なのではなかろうか、さぞ蔑まれてるのではないか…と他人事ながら心配した。

だが蓋を開けてみると彼女の同級生はほぼ毎回、伴侶の健診に連れ立ってきた。
診察を受ける奥方の姿を横から心配そうに伺ってる時、穏やかで優しい瞳で彼女を見ることがあることも知っている。
口の悪さは相変わらずであるようだが、その減らず口のような物言いに奥方は笑ってやり過ごしており大して気にしていないようだ。

しかも彼は「音楽家」という職業だというのにその妻の右耳は聞こえていないらしく、病歴を見てみると聴神経の腫瘍を患ったことがあるという。
彼女曰く「そのうち左耳も聞こえなくなるかも知れないんです」と云っていた。

中学時代の彼からは想像つかないような同級生の姿を間近で見、ジスにとっては驚きの連続であった。




ドアを優しくノックすると「はい」と聞こえてきたのでジスはそっとドアを開けると、ベッドの上でヘッドボードに背を預けて座っているトゥ・ルミの姿があった。

「先生……」

「体調は大丈夫?
 痛みはない?」

「はい…大丈夫です。
 …でもほんの少しだけ、お腹が痛いかな…」

力なく笑うルミの姿にジスは胸が痛んだ。
こういう状況は婦人科医である彼女にとっては日常茶飯事と云っても過言ではないのだが、邦人女性がそうなるとやはり多少意味合いが違ってくるし、何よりジス自身、ルミのことを人間的に気に入っていたから尚更である。

「薬を処方するわ。
 子宮を収縮させる薬とか飲んでもらわないといけないから…」

「はい…。
 あの、先生…」

「はい?」

「――私、何かいけないことしたんでしょうか…?」

「え?」

「そんな無茶なことはしてないつもりだったんですけど、最近はつわりもだいぶよくなったから少し歩くようにしたりしてて…。
 そういうの、関係あるんですか…?」

「…トゥ・ルミさん、こういう話、ちょっとショックかもしれないけど聴いてね。
 この時期の流産というものはね、お腹の子に生きる力がないから起こることだと云われているの」

「………」

「母体に問題があることもあるけど、殆どの場合が胎児の方の問題なのよ。
 身体が弱かったり、何かハンデがあったり…だから流れてしまうものだと思うの。
 あなたの所為じゃないわ」

「でも…私、この間、ほんの少し…本当に舐める程度ですが、赤ワイン呑んだりして…それが…」

とジスはフッと小さく吹き出した後

「私、子供が3人いるんだけどね。
 上二人の時は食べるものにすっごく気をつかって、コーヒーも飲まなかったしお酒も一滴も呑まなかったの。
 でも三人目の時はもう我慢できなくてね~。
 コーヒーも飲んだし、お酒はビールだけだったけど毎日コップ1,2杯は呑んでたわよ。
 でも三人目の子が一番体が丈夫だし、性格も一番まともなのよ。
 …なんて婦人科医がこんなことしてちゃダメよね!
 この話、誰にも内緒よ?」

「本当ですか?
 あ、でも…妊娠が分かる前、たくさんお酒呑んじゃったこともあって…。
 苦手なコニャックを呑んで主人に怒られたこともあったし…」

ルミの言葉にジスは抑えていたのだが「はははっ!」と声を出して笑い…

「あなたって可愛い人ねぇ。
 カン君があなたにメロメロな理由がよく分かったわ!」
 
「メ……メロメロ?!」

「そうよ、カン君、あなたにメロメロだもの。
 だから毎回診察にもついてきてたでしょ?」

ルミはシーツを握りしめると「そんな…先生は私にメロメロなんかじゃ、ないです…」と俯いて恥ずかしそうに云う。

「…そんなわけだから自分を責めるのはやめなさい。
 それよりも今は体を休めてゆっくりしなさい。
 そして気持ちが落ち着いたらしっかり栄養を取って体調を整えて、次に備えましょう。
 兎に角、このユン・ジスの云うことを素直に聞きなさい!」

そう云うとルミは一瞬きょとん、とした顔をし

「……先生のお名前、ユン・ジスって云うんですか?」

「ええ、旧姓がね。
 ハングルを喋ってるとついつい旧姓で名前を云っちゃうのよね、私」

「そうですか…ユン・ジス、ですか」

ルミは「ふふふ」と柔らかく笑った。

「何?私の名前がどうかした?」

「…いえ、私、“ユン・ジス”って名前の人に助けられてるなぁ…って思って。
 以前、先生と同姓同名の人に出逢って、色々と良くしてもらったんです。
 今私がここに居るのも、その人のお蔭なんです」





3へ続く
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