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歓喜の歌 3
ジス・カルクブレンナーがルミの病室を出て1階に下り、院長室に行く為に待合室を通り過ぎようとしたところ、時間外なので照明が切られた暗い部屋の片隅に独りソファに座り、両肘を膝に乗せて指を組み、手の甲に顎を乗せて身動ぎもせずに正面をじっと見つめる男性が居た。

彼女は一旦従業員たちが居る部屋に行き待合室に戻ってきた時、彼女の右手にはマグカップ、もう片方の手には紙コップが握られていた。

「……大丈夫?」

ジスはその男―カン・マエにコーヒーが入ってる紙コップを渡す。

「……」

彼はそれを無言で受け取った。

「…今のあんたのその姿、あの子には見せないでね」

「……」

「ちょっと…ホントに大丈夫?」

「―――…分からない」

やっと口を開いたと思ったらそんな言葉しか出てこない。
ジスは少し苛立ち、叱咤しようと口を開きかけた時、

「――物凄い、喪失感…だ」



歓喜の歌 3


(今、喪失感……と云った?)

彼の口から今度は意外な言葉が出たので、ジスの口は閉じられた。

「今まで私は不安だった。
 私の性格は君は重々承知してるだろう?
 この通り自己顕示欲と自尊心が強く、自分勝手で、傲慢で、口が悪い…どうしようもない男だ。
 こんな自分が子供を持ってもいいのか、親としてやっていけるのか。
 覚悟は決めたつもりだが、果たして子供を育てるに値する人間なのか…ずっと迷っていた…。
 だが、いざこうなってしまうと…――」

そこまで云うとカン・マエは再び押し黙った。

(この偏屈な男が私に胸襟を開くなんて……)

ジスは苦悩に満ちた表情をするカン・マエの横顔を暫く眺めていた。

「……取りあえずまだ奥さんのところに行ってないんでしょ?
 早く行ってあげて。
 分かってると思うけど、労ってあげなさいよ。
 いつものあの辛辣な言葉は暫く封印しなさい」

「……あぁ」

そう小さく呟くとコーヒーを一口飲んだ。

「――っ!
 …不味いコーヒーだな。
 一体どんな豆を使えばこんな不味いコーヒーになるんだ?」

「タダなんだから文句云わないで」

「アイツが淹れるエスプレッソはタダだが美味いぞ?」

ジスは鼻の穴を広げて相手を睨み付け…

「あーあー!悪うござんしたね!!
 そうでしょうとも!
 あの子が淹れるエスプレッソはあんたへの深ぁい愛情が籠ってるんだから、美味しいに決まってんでしょうが!」

そう一気に畳み掛けるように云うとカン・マエは少したじろいだ表情をした後、面白くなさそうに眉を顰め口をへの字に曲げてそっぽを向いた。
ジスは彼のその顔を見て「ホント、ルミさんって凄い子だわ」と僅かに微笑んだのだった。





カン・マエが病室に入るとルミは入り口に背を向けてベッドに横たわっていた。
彼女がどんな表情をしているか見えないので分からないが、その背中だけでも哀しみに暮れているであろうことが見て取れる。
声を掛けることに躊躇うが、

「ルミ…」

と呟くように呼びかけると向こうはゆっくりと体ごと振り向いた。

「先生…」

カン・マエはベッドへと静かに歩み寄る。

「――大丈夫か?」

「はい、お腹が少し痛むけど、お薬が出るそうです」

「そうか…。
 すぐに帰れるそうだから、薬を貰って帰ろう」

「ごめんなさい、お仕事の途中でしたよね?
 私を送ったらすぐに戻ってください」

「何を…。
 今日はもう戻らない、と云ってある。
 気にするな」

「はい…」

「途中でどこかに寄って夕食を買おう。
 それかデリバリーの方がいいか?」

「どちらでもいいですよ」

ルミは柔らかく笑うと起き上がって下半身にかけられていたシーツを捲り、ベッドを降りようとする。

「もう暫くそこに居ろ。
 先に薬をもらってくる」

「大丈夫ですよ、一緒に行きますから」

するとカン・マエはルミの肩を優しく掴み、降りるのを制止した。

「一緒に行きますよ?」

尚も笑顔を向けるので、カン・マエの心臓は何かに掴まれたかのようにギュウッと痛む。

先ほどジスは別れ際に

「ルミさんって健気で強い子ね…。
 流産のことを伝えた時も、さっき病室に様子を見に行った時も、泣かなかったわ…。
 淡々と診察を受けてたの。
 大抵の人は泣いてしまうのに。
 本当は物凄く辛いのに、私や看護師を困らせないように気丈に振舞ってたのだと思うわ…」

と悲しげな表情をして云っていた。
先ほどルミが振り返った時、彼は意外に思った。
泣き虫の彼女のことだ…人前では涙を見せていなくても、独りになった時はさぞや泣き腫らしていることだろう…と思っていたからだ。
だが彼女の目は涙を流していた形跡が見られない。

こんな場面でも笑顔を絶やそうとしない妻の姿に切なさと、何故か苛立ちに似た感覚を覚えた。
いつもは「どうしてあんなシナリオで泣けるのだ?」という映画やドラマで涙を流す彼女なのに…。
カン・マエはゆっくりと頭(かぶり)を振り…

「…ルミ、無理をするな。
 泣きたかったら、泣けばいい」

「………」

「無理して笑顔を作ろうとするな」

「……ううん、大丈夫…」

ルミはそう云ったが目と鼻はたちまち赤くなる。
その顔を見せまいと俯くと、涙が出るのを必死に止めようとしているのか頻繁に長い睫毛を瞬かせ始めた。

「――お前は本当に…どうしようもないニワトリだな。
 5月にボンに行った時、俺が云ったことをもう忘れたのか?」

「…え?」

「喜びも悲しみも一緒だ、と云っただろう…」

そう云うとカン・マエはルミの後頭部に手を添えて、そっと自分の胸へと引き寄せる。
すると堰を切ったように彼女は泣き出した。



処方した薬を手にジスがノックしようとしたところ、ドアの向こうから必死になって声を殺して泣くようなルミの嗚咽が聞こえてきた。
ジスは足音を立てぬよう、その場を立ち去った。





それから年が明けて2月。

ルミは再び妊娠した。
彼女からその報告を受けた時、カン・マエは態度には表わさなかったものの、心から喜ぶことが出来たのだった。





時は戻り…現在、アレッサンドロ・カニーニョが運転する車の後部座席。
カン・マエは瞑目していた瞳をゆっくりと開くと、助手席から振り返って心配そうにこちらを見ているハ・イドゥンと目が合った。
彼女はまさかカン・マエが目を開けると思っていなかったのか、不意の出来事に瞬時に顔を正面に向けた。
カン・マエも何か気まずさを感じて溜息を吐くと窓外の流れる景色を見る。

(まさか…またあんな悲しい思いをしなければいけないのか?
 いや、私のことはいい、もし辛いことが起きたとしても、それまで私が行ってきた言動の罰だと受け止めることが出来る。
 だがルミには、もう……あんな辛い思いはさせたくはない…)

そう思うと膝に置かれた拳にじわりと汗が湧き、無意識に皮膚に爪が食い込むほど強く握られていた。

ほどなくするとルミが入院した総合病院に到着したので三人とも車を降りて産科へと向かう。
看護師に案内されて分娩室の前に行くと何やら凄まじいというような声が聞こえてきた。

「はい、いきんで!」

「ん゛ーーッッ……!!」

「呼吸を止めちゃ駄目よ!」

「んう゛ーッ…イタッ…イタタッ…!!」

いきんでいる声はルミであろうと思われるが、指示をしてる女性の言葉も何故かハングルだ。

カン・マエが部屋に入ろうかどうしようか戸惑っていると、後ろから助産師やってきて「ヘル・カン、どうぞ入ってください」と声を掛けてきた。
彼女は2週間前から出産前の自宅訪問をしてくれている助産師だったので、カン・マエは何となく安心したのか彼女の後について分娩室へと入って行った。


それから2時間半が経過し……。

アレッサンドロとイドゥンは分娩室の外の廊下で待っていた。
アレッサンドロは椅子にずっと座っていたがイドゥンは椅子を立ったり座ったり、廊下をウロウロと歩いたりしていた。
分娩室からは相変わらずルミの辛そうな声が聞こえてきている。
カン・マエの声は時々微かに聞こえるだけで何をしてるのか分からないが、韓国語やドイツ語で「背中をさすってあげて」「足を持ち上げて」「酸素マスクをつけて」などと云われて何かしているようだ。
座っていたイドゥンがまた立ち上がろうとしたところ、アレッサンドロに腕を掴まれた。

「イドゥン、少し落ち着けよ。
 君が落ち着かないと俺も落ち着かないよ」

「……」

イドゥンは少し唇を尖らせて、ドサリ、と腰掛けるとアレッサンドロは彼女の手を握って自分の膝に乗せた。

「出産って…こんなに大変だし、時間がかかるんだな…。
 イドゥンに連絡が来てからもう何時間経ってる?」

「人に寄るよ。
 私の場合は分娩室に入って1時間で私が生まれて、超安産だったってお母さんが云ってたもん」

「そっか…。
 そう云えばフィルの団員の人も初産なのに1時間半で生んだって云ってたな…」

「ねぇ…サンドロ、大丈夫かな…?
 ルミさんも、赤ちゃんも…」

「何云ってるんだよ、大丈夫に決まってるだろ。
 部屋からずっと聞こえてきてるあの、トットットットッ…って音、あれ、赤ちゃんの心拍音だろ?
 ちゃんと心臓動いてるよ」

「…そうだよね、うん、大丈夫だよね…?」

イドゥンは自分を諭すように云うと、アレッサンドロの肩に寄り添った。

それからすぐのことだった。
ドイツ人の助産師が「頭が出てきそう!」と云っている。

「声を出しながらいきんで!!
 頭が出ればあとはすぐだから!
 ほら、しっかり!」

部屋の中は何か慌ただしくなったようだ。

「あと少しよ、ルミさん!」


「あ゛ーーーーッッ…!!」


一際大きなルミの声が聞こえてから数秒後、分娩室から「ほわぁっ…ほわっ…」と産声が聞こえてきた。


その瞬間アレッサンドロとイドゥンは顔を見合わせ「生まれたぁ!!」と手を取り合うと、アレッサンドロはすぐにイドゥンを抱き締めた。

「よかった…よかったぁ…!
 無事に生まれてきて…よかった…!!」

彼の大きな胸に寄せるイドゥンの頬には涙が伝っている。
アレッサンドロはイドゥンの頭を撫でながら

「…イドゥンはいつか俺の子供を産んでね?」

と云うと

「――ッ!
 馬鹿っ!気分台無し!!」

耳まで一気に真っ赤になってしまった顔を、涙を拭うように彼の胸に埋めた。

それから暫くした頃、分娩室からカン・マエが出てきた。
彼は上着を脱いだ白地に薄いグレーのストライプが入ったワイシャツ姿で腕捲りをし、していた筈のネクタイも外しており、髪も些か乱れて幾分か憔悴しているような雰囲気だった。





4へ続く

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テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学

【2013/12/07 21:00】 | ベバ二次小説 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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